神谷養勇軒『新著聞集』第八「鄙吝命を損ず」より

けち男

 江戸材木町に住む五助という者は、話にならないほど吝嗇だった。
 長患いにもかかわらず、焼塩のほか何も食わないのを見て、妻が悲しみ、鯛を買って料理した。

「そんな魚、どこの国から来たのだ」
 五助が尋ねるので、妻が、
「七十文で魚屋から…」
と応えると、
「大それたことを。わしに断らず勝手な真似しおって」
と散々に罵った。
 隣の妻が聞きかねて、鯛を買い取り、そのうえ、
「子供に食べさせてあげとくれ」
と言って、二切れ持って来てくれた。
 それを子供に与えず、五助みずから食べたところ、どうしたわけか激しく食あたりして、今にも気絶しそうに苦しんだ。
 医者が来て、気付け薬を飲ませようとしたが、歯を食いしばっていて口が開かない。
 脈を診ると確かだし、目を見ても意識がはっきりしているのは明らかなのに、なぜ口が開かないのか、医者は不思議がった。
 妻は心得たもので、病人の耳に口を寄せて囁いた。
「この薬は、頂いたのですよ。ただですよ」
 五助はすぐに口を開けて、薬を飲んだのである。

 しかし薬の服用を続けなかったので、ついに五助は死んだ。
 ためこんだ三百両が遺され、後家となった妻はそれを持参金に、子連れで再婚した。
あやしい古典文学 No.622