岡村良通『寓意草』下巻より

人それぞれに怖いもの

 人にはそれぞれ、怖いものがある。
 有馬兵庫頭は蟹を恐れる。大久保伊勢守は蜘蛛を恐れる。森主膳は茄子が怖い。栗原主殿頭は蛙が怖い。

 ある日、栗原主殿頭が道を行くと、ひき蛙に出遭った。
 驚愕して三、四メートル飛び退り、刀に手をかけ、
「おのれ、憎いやつ。この主殿頭を知らぬのか」
と地団太踏んで威嚇したが、蛙に分かるわけもなく、のそのそ這い寄ってくる。
 主殿頭は、
「ぬぬ、さても肝の太い蛙……」
と震え声で言いつつ、逃げ惑ったのだった。
あやしい古典文学 No.624