岡村良通『寓意草』下巻より

空飛ぶナマズ

 豊前の国の奥山に、千丈が滝という大滝が流れ落ちている。
 そのあたりに観音堂があり、前に御手洗の池があって、橋がかかっている。

 晴天の夏の日、大塚庄右衛門と瀬川藤介の二人が橋の上で涼んでいると、何やら水中から躍り出るものがあった。
 何だろう? と見やると、ナマズだ。
 はじめは頭だけ出した。次は半身ほど出した。さらに三度四度と身を躍らして、体長三十センチあまりのナマズが、ついに水面から一メートル近く跳び上がると、そのままスーッと飛び去った。
 驚いて茫然とするうち、にわかに山に雲がおこり、水面に霧が立ちのぼった。風が激しく吹きつけ、あたり一帯暗闇となって、雷鳴と豪雨に閉ざされた。
 ややあって雨も風もやむと、嘘のようにもとの晴天に戻ったのだった。

 豊前の小倉周辺では、夏の快晴のとき、ナマズが三十メートルばかりの上空を飛んでいくのが、よく見られるという。
 大きな飛行ナマズは、体長三メートルにも及ぶそうだ。
あやしい古典文学 No.625