高古堂『新説百物語』巻之一「見せふ見せふといふ化物の事」より

わたしを見て

 最近のこと、京都醒ヶ井通りに本屋の利助という者がいて、常に大阪・奈良へ通って商売していた。
 ある年、利助は患って、久しく京都で身を養っていたが、どうにか恢復したので、また例年のごとく大阪へ出かけて商いをし、さらに京大阪の書物を荷作りして送った上で、身一つで奈良へと向かった。

 片付かない用事があって大阪の宿を出るのが遅れたものだから、奈良街道を行く途中で日が暮れた。
 人家を離れてぽつんと弔い堂があるあたりを、一人旅のことゆえ心細い思いで通ると、その夜は曇って星もなく、霜月はじめの野辺を吹く風が身にしみた。
 とぼとぼ歩みつつ行く手を見やれば、狐火とも見えず、かといって提灯とも見えぬ火の光が、ふらふらとやって来る。
 次第しだいに近づいて、とともに何やら女の泣くような声が聞こえるので、道の脇にあった大石塔の陰に身をひそめて様子を窺った。
 間近に近づいたのを見れば、髪を乱した女の首だ。鉄漿(かね)して真黒い口を開き、胴はなく、地面から一尺ばかり上を風の吹くごとく行き過ぎる。
 もの悲しい声で、
「見てぇ、見てぇ〜」
と繰り返している。言うたびに口から「はっ、はっ」と火を吹いた。
 利助は、一瞬あとを見送ったと覚えたばかりで、そのまま気絶した。

 正気に戻ったのは夜明け前だった。
 道を急いで奈良まで辿り着くと、宿の亭主にこの怪事を語ったのだが、いまだに身の震えは止まらないのだという。
あやしい古典文学 No.631