本島知辰『月堂見聞集』巻之十より

異形の群れ

 享保三年、長崎に入港した二十八番寧波船の中国人よりの聞き取りとして、奉行所に提出された書付の写し。

「中国奥地、四川の地に、異形の者が多数出現いたしました。その形はというと、首はなく、肩の上に手が三本。足は二本ですが、いずれも指が三つずつ。腹に鬼面のごとき顔があって、眼大きく、口また大にして牙があり、鬚を生やしています。身の丈はおよそ五メートルくらいに見えます。怪力にものをいわせ、近在の百姓家の米麦五百俵ほどを奪って引き上げました。
 これを追跡すると、はるか奥山の深さ知れない岩穴に入っていったのです。
 そこで委細を国主に上申のうえ、多勢をもって攻め寄せました。例の異形の者が五六百人もわらわらと出てきましたが、寄手が鉄砲を放ち、矢を射かけて追い立てると、矢玉はいっこうに当たらないものの、みな岩穴の内に退却しました。寄手はここぞとばかり、穴の近辺まで攻め寄せます。ところが、にわかに穴から悪風が吹き出し、火煙さえ噴出して、それ以上はなかなかに攻め込めません。勝負の決着はいまだ知れぬとのこと。
 この話は、三十番寧波船の乗組員も同様に申しております。」
あやしい古典文学 No.633