松浦静山『甲子夜話』続篇巻之四十一より

偽幽霊

 このごろの世間の噂を、聞くままに書き記す。

 幕府天文方・書物奉行の高橋景保がシーボルト事件に連座して逮捕され獄死すると、その子二人に八丈島遠島の裁きが下った。
 島送りの船には十四人の罪人が乗り合わせたが、そのなかに五十五歳になる女がいた。この女は、去年三月の築地辺大火の後、幽霊に扮して人を欺き、盗みを働いた者であった。
 女のやり方は、白い衣の腰より下を黒く染めたのを着て、背に幅広の黒い板を背負って、夜分、ちらりちらりと人前に現れる。去るときには、背負った板が黒いため、まるで消え失せたように見える。
 このようにして多くの人を欺き、幽霊に怖れた人が逃げたあと、心おきなく家財を奪ったのだった。

 実に画期的な手法だと人々は言うが、文化年間、深川永代橋が落ちたときにも同様のことがあった。その故智に倣った犯行である。
あやしい古典文学 No.634