『大和怪異記』巻五「猿、人の手をかりて、をのれが子の敵をとる事」より

猿の仇討ち

 富士の麓の村井郷木切山の百姓の夫婦が、その年に生まれた赤ん坊を田の畔に寝かせて、畑うちに精を出していた。
 そこへ二匹の大猿が来て、子を攫っていった。
 猿たちは大木の梢に登って、赤子を泣かせた。
 その声を聞きつけた鷲が、峰の方角から滑空してきて、真上で旋回した。
 猿は子を木の窪みに置き、二匹力を合わせて大枝を引き撓め、その陰に身を隠した。
 鷲が徐々に近づいて、まさに子を獲ろうとした瞬間、撓めた枝を放つと、鷲の脳天を打って、ばたりと地面に墜落した。
 木を降りた猿は、一匹が赤子を抱き、もう一匹が落ちた鷲を引きずって、もとの場所へ戻った。そして、子の傍らに鷲を置いて、山へ帰っていった。

 二匹の猿は夫婦で、先頃わが子を鷲に獲られて泣き叫んでいたが、このたび計略をもって仇をとったのである。
 赤子の傍らに鷲を置いたのは、子を借りた返礼だろうと思われる。
あやしい古典文学 No.646