『平仮名本・因果物語』巻一「恋故、蛇身に成りて、夫をとりし事」より

食べちゃいたいほど好き

 伊勢の桑名のとある町内、向かい合わせの家に十五歳になる男子と十四歳の娘とがいた。
 いつごろからか娘は、心身が鬱して患いつき、あれこれ療治の手を尽くしたにもかかわらず、しだいに重病となった。
 親は悲しみにくれながら、
「具合はどうじゃ? どうしてほしい?」
と言葉をかけるが、病人はものも言わず、ただ茫然として病み衰えていくのだった。

 いよいよ重篤となって、もはや今日明日までの命と諦めたとき、娘は親しい友達を呼んで、泣きながら打ち明けた。
「言うのも恥ずかしいことだけど、わたしの病気は、薬の力で治るものではないの。何の因果の報いかしら、向かいの家の十五の男の子に想いをかけて、一時も心を離れず、恋しくて恋しくて堪らない。その切なさ、やるせなさで、死んでしまいそうなのよ」
 友達は娘の親に、ありのままを知らせた。
 思いがけない話に驚きながらも、親はただちに向かいの家に行って、男子の親に縁談を懇願した。その返事は、
「うちの子に話してみてくれ。あいつがどう思うかだ」
 それではと、男子の親友に頼んで事情を伝えると、
「死ぬほど想ってくれる、その気持ちがいとおしい。なにはともあれお受けしよう」
と承知した。

 娘が大いに喜んだのは、言うまでもない。病気もよくなったので、ほどなく二人は祝言を挙げた。
 その夜、寝屋に入って、やがて朝。
 すでに日が高いのに、二人が起きてこない。昼時になっても出てこないので、さすがに変に思い、寝屋の戸を開けて呼んだが、応える声も音もない。
 中に立ち入って見ると、娘は男子を頭から呑んで、肩のあたりまで口に入れていた。耳のわきまで口が引き裂けていたが、なお両手で肩を押し込もうとしたまま、二人とも死んでいた。

 これは、寛永十五年の世に知られた事件である。
 あまりに深く心に想ったがゆえに、生きながら愛欲の地獄に堕ちたと思われる。哀れなことだ。
あやしい古典文学 No.647