『江戸塵拾』巻之五「きつねのよめ入」より

狐の嫁入り@八丁堀

 宝暦三年八月末、八丁堀の本多家の屋敷で、狐の嫁入りがあった。

 近隣の屋敷ではみな、誰言うとなく『今夜本多の家中に婚礼がある』との風説が流れて、じっさい日暮れから諸道具を持ち運ぶ人や車が夥しく、正装した人が幾人となく行き違って賑わった。
 その夜がふけて十二時近く、提灯数十張り、鋲打の女乗物を前後に数十人が守護して、いかにも厳粛に本多家の門に入った。
 隣家から見たところ、行列は五六千石の婚礼の様子だった。『本多家中でこのような婚礼を取り結ぶのは、いったい誰か』と不審がったが、後々聞けば、これこそ世に言う狐の嫁入りとか。

 本多の屋敷では、これを知る者が一人としてなかったのも、不思議なことである。
あやしい古典文学 No.649