『宇治拾遺物語』巻第九「博打婿入の事」より

婿はイケメン

 昔、変な顔の若いばくち打ちがいた。目鼻を一箇所に集めたような、この世にまたとないブサイクな顔だった。両親は、どうしたらあんな顔でも人並みに世の中を渡っていけるだろうかと、日夜思い悩んでいた。

 土地の長者の家には、大切に育てられた娘がいた。その娘のために男前の婿を求めていると伝え聞いたばくち打ちは、人を介して、
「天下のイケメンが婿になろうと言っています」
と、結婚を申し込んだ。
 長者は喜んで承諾し、吉日を選んで婿入りという段取りになった。
 当日の夜、ばくち打ちは人に借りた装束でやって来た。月が明るかったが、顔が見えないようにふるまった。ばくち仲間が大勢集まったせいで、ひとかどの人望のある男に見え、長者の家の者は『立派な婿だ』と感心した。

 それから夜々通って、正式の婿として昼間も同居する時期が近づいた。
 もう顔をごまかせない。どうしたものかと思い巡らした末、ある夜、仲間の者一人を鬼の役にして、長者の家の天井裏に潜ませた。
 娘と二人寝ている上で、鬼がびしびしと天井を踏み鳴らし、凄みのある恐ろしい声で、
「おい、天下のイケメン」
と呼ぶ。
 家の内の者は何事かとうろたえ騒ぎ、婿もまた、
「わたしのことを世間で『天下のイケメン』と言うそうです。そのわたしに、なんだというのでしょうか」
と怯えている。
 鬼が三度まで呼ぶと、婿は返事をした。
「あっ、婿どの。どうして返事なんかしたのです」
「つい、我知らず返事してしまいました」
 鬼の声が轟いた。
「この家の娘は、わしの女にしてもう三年になるのだ。それを、おまえ、どんなつもりで通ってくるのか」
「そういうこととはつゆ知らず、通っておりました。どうかお助けください」
「ううむ、憎いヤツだ。なんぞしてやらねば気が済まぬ。おい、おまえ、命と顔とどっちが惜しい」
 婿が、
「どう答えたらいいんだろう」
と言うと、舅も姑も、
「こうなったら顔がなんですか、命さえあれば…。『顔をどうにでもしてください』とおっしゃいませ」
 教えの通りに言ったところ、鬼が、
「ならば顔を吸ってやる。ほれ吸うぞ吸うぞ」
「ああ、ああ」
 婿は顔をかかえて転げまわった。

 鬼は帰った。
 婿がどうなったか、人々が紙燭をかざして見ると、目鼻を一つところに取り据えたような、とんでもない顔だった。
 婿は泣いた。
「命を取ってくれと言えばよかった。こんな顔で生きて、なんになりましょう。こうなる前のイケてる顔を一度もお見せしなかったのが残念です。いや、そもそも、あんな恐ろしいものに魅入られた家に来たのが間違いでした」
 舅は気の毒に思って、
「こんなことになった代わりに、私の持っている宝を差し上げよう」
と言い、婿はことのほか大切にされた。
 そればかりでなく、場所が悪いかもしれないと、別に立派な家を造ってもらい、そこで随分いい暮らしをしたのである。
あやしい古典文学 No.659