平秩東作『怪談老の杖』巻之三「狐のよめ入」より

狐の嫁入り@上州

 上州の神田村に、高田彦右衛門という煙草商人がいた。
 あるとき彦右衛門は、同じ村の商人仲間二人と連れ立って某所へ出かけ、日が暮れてからの帰り道、はるか向こうから三百張ばかりの提灯が来るのを見た。
「怪しいな。ここは街道ではないから、大名衆がお通りになるはずもないが……」
 三人は様子を見ようと、小高いところまで上がって待ちうけた。

 彦右衛門らが通ってきた道の少し下が田圃で、提灯をともした行列はその中を通った。
 徒歩の者、駕籠わき、中間、おさえ、陸尺と、武家の行列として何一つ欠けたところはなかった。しかし、提灯に紋所がなく、灯りも通常の提灯とは違って、ただ赤く見えるばかりだった。
 行列は田圃の中を真一文字に過ぎて、その先の林に入った。
「ああ、これが狐の嫁入りというものか」
 三人は口々に言い合ったという。

 この村の近辺には、「狐の嫁入り」というものをたびたび見た人がいるらしい。
あやしい古典文学 No.664