人見蕉雨『黒甜瑣語』三編巻之三「吾妻像」より

西洋人の邪法

 西洋人は、本国産の皮や布を用いて裸女の人形を作る。大きさといい細部の形状といい、よく人に似せてある。
 この人形を箱の中に隠しおき、旅中の宿で心寂しいときに取り出す。持ち上げて息を吹き込めば、たちまちむくむくと肥え膨れ、本物の女そっくりだ。
 夜具に引き入れて行為に及べば、両手を首にからませるのも、両脚を腰に巻かせるのも、すべて思いどおりである。
 これは「出路美人」と呼ばれるもので、一体の値段が銀一流だとか。一流は十二両をいうと『曠園雑誌』に書かれている。
 わが国の「吾妻形」のようなものだろう。

 西洋人の計略のずる賢さと、淫欲のはなはだしさは、もはや喩えようがない。
 ある年、江戸の本石町の長崎屋へ来た西洋人は、滞在中に病気になって臥せっていたが、主人の妻に、
「当家の娘の髪の毛を三四本いただきたい。それで薬を調合したいのです」
と頼んだ。
 妻はその言葉を怪しんで、赤子人形の髪をむしり、娘の髪だといって渡した。
 その夜、人が寝静まってから、赤子人形がひたひたと歩んで、西洋人の寝所へ向かった。
 妻はこれを見て、夫を揺り起こし、ことの次第を語ったという。
 この家の娘が美人なので、西洋人が恋慕して、髪の毛を使って呪法をかけたのである。
 生き物でない人形さえも意のままにするとは、なんとおそるべき術か。
あやしい古典文学 No.669