阿部重保『実々奇談』巻之二「死人に猫の魂入りし事」より

猫の力で生き返れ

 本所に達磨横町というところがある。そこでの、寛政末年ごろの出来事である。

 日雇い稼ぎで暮らす裏長屋住まいの独身男がいたが、秋のころから風邪気味で寝込んで、働くことができないから薬代はもちろんのこと、毎日の食事にもこと欠くようになった。
 男はだんだんに重篤となり、家主をはじめ長屋じゅうで手厚く世話した甲斐もなく、ついに十月の初めに身まかった。
 そこで長屋の者が集まり、葬式の用具を買いに行く者、菩提寺へ知らせに走る者、台所を受け持つ者などと手分けして、葬送の手はずを進めた。
 冬の日はとりわけ短い。いつのまにか暮れ果てて、やがて夜も十時を過ぎるころとなったので、三四人が残って通夜をした。

 たまたま近所で飼っている三毛猫がやって来て、通夜の者の膝に乗って気持ちよさげに目を閉じた。それを見た一人が、
「人の話によると、亡者のふところに猫を入れておくと生き返るそうだ。ちょうどいい機会だから、今夜試そうではないか」
と言うと、他の者は、
「それは死人をけがすことだ。よくないぞ」
「迷信だ。つまらん」
などと口々に反対した。
 それでも、
「亡者はまだ若い。万が一つにも生き返ったら、もっけの幸いというものだ。やってみよう」
と重ねて言うので、皆しぶしぶ同意して、三毛猫を死人のふところに入れた。
 死体が冷たいから、猫はすぐに抜け出てくる。再三押し込んでもその都度逃げ出すので、押し込んだ上を帯でぐるぐる巻きにしたところ大人しくなり、そのまましばらく何事もなかった。
「きっと猫も眠ったのさ」
「そうだな。亡者が生き返るなんて、でたらめに決まってる」
などと語り合っているとき、死者の枕元に何か物音がした。見れば、死人がすっくと立ち上がっている。
 一同、あっ! と声をあげ、目を回して気絶した。

 そんなところへ、家主が葬送の道具を準備してやって来た。
 どうしたわけか、行灯も消えて真っ暗闇だ。提灯の火をかざしてあたりを見れば、通夜の者がことごとく気を失って倒れ、死体はなくなっている。
 わけのわからないまま近所の者を呼び集め、気絶した者らに気付け薬を与えて呼び覚ました。
 事の次第を訊くに、あまりに馬鹿げた沙汰で、家主も呆れ果てつつ大いに怒ったが、とにもかくにも死骸を元に戻そうと此処かしこ探して、少し先のごみ捨て場の前に倒れているのを見つけた。

 この事件の始末はこじれて、裁判にもなろうかという雲行きだった。しかし仲裁に入った人があり、ひたすら家主に詫びて、やっと示談になったという。
 「悪い冗談はしないものだ」とある人が語ったのを、ここに書き留めた。
あやしい古典文学 No.675