森春樹『蓬生談』巻之四「幽霊葬られし時犢鼻褌の濡るを告る事」より

ふんどしが濡れた幽霊

 豊後ノ国日田郡渡里村の百姓某は、旧家で身代持ちだった家が衰えたのを嘆いて、再興のためさまざまに画策したが、愚か者だったので人に騙されるばかりで、いちだんと衰微してしまった。
 『このうえは英彦山権現にお頼みするしかない』と、某は二月十五日、山をあげての大祭礼である「松会」へ裸参りに向かい、途中、英彦山の少し手前の御座石というところで凍死した。
 知らせを聞いた渡里村の面々は、亡骸を迎えに行って担ぎ帰ると、ねんごろに葬ったのである。

 その後、村の人の夢に某が現れて、
「わしを葬るとき、沐浴させてそのまま棺に入れたから、ふんどしが濡れてしまった。冷たくてたまらん。濡れてないものと替えてもらえんじゃろうか」
と訴えた。
 夢の中の某は裸で、先に死んだ彼の妻が傘をさしかけて並んで立っていた。傘に「岳林寺」の文字があった。某は岳林寺の門徒である。
 夢から醒めた村人は、岳林寺はわずか三町ばかりの近さだったから、すぐに行って、まず位牌堂を見た。かの亡者夫婦の位牌の上に、梁の間に傘を広げてかけてあって、文字はまさしく「岳林寺」と、夢に見たのと何一つ違わない。
 そこで、ことの次第を和尚に告げ、あらためて弔いをし、埋めた棺を掘り返して、乾いたふんどしに替えてやった。

 某が死んでから数年のうちに血縁の人々も死に絶えて、家屋敷も人手に渡り、旧家は滅んだ。今は禅僧が一人、残っているだけである。
あやしい古典文学 No.677