森春樹『蓬生談』巻之四「阿波の徳嶋の慈光寺の飯銭婆々の事」より

めしぜに婆ァ

 阿波徳島の慈光寺の「飯銭婆ァ」については、すでに本にも書かれてよく知られていることだが、まだ知らない人のために、そのあらましを記す。

 同寺で、禅宗の夏場の修行である江湖会(ごうこえ)が行なわれていたときのことだ。
 ある日、世話役の僧が井戸水を汲もうとしたところ、釣瓶がひどく重くて上がらなかった。四五人がかりで懸命に引くと、釣瓶に恐ろしい白髪の婆が乗って上がってきて、やにわに、
「飯をくれぇ、銭をよこせぇ」
とわめいた。
「飯だの銭だの、なんのことですか」
 僧たちが訊いても取り合わず、
「飯じゃあ、銭じゃあ」
と暴れて、その場に居合わせた二三人の腕を引き抜きなどして殺した。
 残りの僧はみな逃げた。ある者は高僧の部屋へ駆け込んで助けを求め、机の下に隠してもらった。そこへも婆が探しに来たが、見つからずにすんだという。
 これは禅宗ではよくあることで、律法を犯した者への罰である。
 このとき慈光寺では、江湖会中に僧が忍び出て酒を呑み肴を食い、また台所で扱う食費を横領していたため、このように仏罰が下ったわけで、同様のことは中国でもよくあると、知り合いの僧が語った。

 事情は異なるけれども、『酉陽雑俎』にこんな話がある。
 独孤叔牙という人は、いつも家人に水を汲ませていたが、ある日、釣瓶が重くて上がらず、数人がかりで引き上げると、釣瓶に深編笠をかぶった人が乗っていた。
 その者は編笠をとって大いに笑い、そのまま井戸の中へ落ちていった。
 編笠を掬い上げて庭木にかけておいたところ、雨が降るたびに、編笠から水の滴る地面に黄色の茸が生えたという。
 まあ、井戸から人が出た点は似ている。
あやしい古典文学 No.679