森春樹『蓬生談』巻之七「蛇になるといひし女の事」より

蛇になりたい女

 豊後ノ国日田郡南山中某村の庄屋の母は、淫乱の気性であった。
 小作人の中の一人を情夫にしていたが、男のほうが嫌気がさして、言うことを聞かなくなった。
 女は憤激のあまり、
「蛇になってやる」
と言って、毎日頭から熱い湯をかぶり続けること二三年。
 熱さに馴れて更に熱くしていった末に、沸騰する湯を二荷も三荷もかぶるようになったと、当時もっぱらの風聞であった。

 その村からわが家に出入りする百姓が来ると、母らが、
「どうじゃ、蛇どのは達者か」
などと尋ねたのを、幼年だった筆者も聞き覚えている。
 ひたすら馴れてしまえば、極熱の湯を浴びても体が爛れたりしなくなるのだろうか。
あやしい古典文学 No.681