林羅山『怪談全書』巻之一「呂球」より

菱をとる女

 呂球(りょきゅう)は、東平というところの人で、金持ちな上に男前だった。
 その呂球が、舟に乗って曲阿湖を渡ったときのことだ。

 風に妨げられて進めず、舟を真薦(まこも)の群生する中にとどめていると、一人の若い女が舟を漕いできた。
 呂球の舟に気づかないまま、水中の菱をとっているようだ。その女は、蓮の葉を連ねて衣とし、身にまとっていた。
 呂球が声をかけて、
「おまえは人ではないのか。何ゆえ蓮の葉を着ているのだ」
と言うと、女は怯えた様子で、
「昔の人はみんな、蓮の葉をつないで着たものよ。あなた、知らないの?」
と応えて、急ぎ舟の向きを変え、棹をさして逃げようとした。
 呂球はただちに弓を引き、矢を放って、女を射殺した。
 死骸を見れば、女の正体は獺(かわうそ)だった。また乗っていた舟は、浮草を集めて舟の形にしたものだった。

 さて、それから舟を進めて向かいの岸に近づくと、岸の上に一人の老女がいて、呂球に呼びかけた。
「あんた、湖のどっかで菱をとる女を見かけなかったかい」
 呂球は、
「その女なら、おれの後ろにいるよ」
 言うやいなや、また矢を放って老女を射た。これも年とった獺だった。
 呂球が二匹の獺を手にして上陸すると、人々は、
「このあたりに菱をとる女がいて、折々村へやって来た。なにしろ別嬪だから、大勢の男がその女と寝たものさ。なんと、獺の化け物だったとはねえ……」
と驚き呆れたそうだ。
あやしい古典文学 No.684