林羅山『怪談録』下「葉司法妻」より

葉司法の妻

 中国の台州に、葉司法という人がいた。その妻ははなはだ嫉妬深かった。
 妻が色っぽい下女を見ると必ず叩き殺すので、司法はほとほと手を焼いていたが、ある時、こんなふうに説得した。
「わしはもう年寄りだから、色を好む心はないんだよ。だが子供がいないから、妾を持って子を生ませて、その子に家を継がせたいと願うばかりなんだ。わかってくれないか」
 すると、妻は言った。
「今から数年のあいだ待ってください。わたしが子を生みます」
 けれども、何年たっても子は出来なかった。ついに妻は、
「わたしのために、別に家を造ってください。その家で道を修める暮らしをしたいのです」
と申し出た。
 司法は喜んで、山中に一軒家を造って妻を住まわせ、朝夕には使いの者に、食べ物や酒を届けさせた。

 そうするうち、司法は『もはや妻の嫉妬の心も治まっただろう』と思って、新しい妾を使いにやった。
 その妾が、日が暮れる時分になっても帰ってこない。心配になって、司法みずから杖を突きつつ出向いてみれば、妻の家は厳しく門戸を閉ざして、まるで人の住まない家のようだ。
 従僕に命じて門をこじ開けさせ、家に入ったところ、なんと妻は虎と化して、妾を掴み食らっていた。胴体はすでに食い尽くされ、頭と足が残るばかりだった。
 司法は驚き恐れて山を下りると、ただちに大勢を引き連れ、松明をともして引き返した。
 しかし、そのとき既に虎は去って、どこにも姿がなかった。

 これは、宋の高宗の紹興十九年の出来事である。
あやしい古典文学 No.702