『諸国百物語』巻之一「松浦伊予が家にばけ物すむ事」より

化物七夜

 会津若松に松浦伊予という人がいた。この人の家には、いろいろ奇怪なことが多かった。

 まず一度目は、ある夜 突然、地震のごとくに屋敷が激しく動揺した。
 その次の夜は、何ものかが、どこからともなく敷地内に立ち入って、裏口の戸を叩き、
「あら、かなしや」
と大声を上げた。
 主人の妻が聞きつけ、
「この夜中に来て騒ぐのは誰か」
と叱ると、化物は少し退き、かたわらの小さい出入り口がたまたま開いているのを見て駆け込もうとした。その姿を見れば、白帷子を肌に着た色の白い女が、長い髪をざんばらに散らして、言いようがないほどに凄まじい。
 妻がとっさに天照大神の御祓いを投げつけると、そのまま消え失せた。

 三日目の午後四時ごろ、女は大釜の前にしゃがんで火を焚いていた。
 四日目、隣家の女房が裏庭へ出ると、女が垣根に身を寄せて松浦屋敷をじっと見入っていた。女房が驚いて内に駆け入ると、たちまち消え失せた。
 五日目の夜は台所に来て、杵をもって土間をどかどかと搗いてまわった。

 化物女の出没を防ぐ手立てがないので、『このうえは……』と仏事祈祷を営んでさまざまに祈ったところ、まことに仏神の奇特があったのか、その次の日は来なかった。
「これでよし。もはや来ることはあるまい」
 そう言いおわらぬうちに、虚空から大声で呼ぶものがあった。
「五回で終わりではないぞ」

 はたしてその夜、主人の枕もとに姿を現して、蝋燭を吹き消した。それを見た妻は気絶した。
 七日目の夜は、夫婦が寝ている枕もとに近づくと、二人の頭をとってゴツンと打ち当てた。さらに夜着の裾から冷たい手を入れて足を撫でたので、夫婦ともどもゾゾッと戦慄して意識を失った。
 そのまま松浦夫妻は正気をなくし、ほどなく死んでしまったそうだ。
 まったくもって不可解な話である。
あやしい古典文学 No.711