只野真葛『むかしばなし』より

野良狐の返礼

 今田善作という人が、村里で野生の狐を馴らして毎日食物を与え、ついには縁先で昼寝をするほどになった。
 三年ほど飼い馴らしたある日、善作が机に向かうと、傍らの縁に狐がいて、細目をあけてこちらを見守り、何か物言いたげな様子だったので、言葉をかけた。
「これ、狐。おまえを食わせてもう三年になるのだから、少しは礼をしてもよかろうものを。いかに野良狐だからといって、あまりに養い甲斐のないことだ。鳥の一羽くらい、なんとかならんのか」
 いい終わるやいなや、狐は縁から跳び下りて、どこへともなく駆け去った。
「あやつ、聞き分けたと見える。どうするつもりかな」
 善作はそんなことを妻と話して、その日が暮れた。

 翌朝、目覚めてみると、雁が一羽、忽然と枕もとに置かれてあった。
 『さては狐が返礼に持ってきたな』と思って、さっそく料理したのだが、まるで身のない痩せ鳥だった。
 後に聞けば、近所の猟師が飼っていたおとりの雁だった。食っては旨くなし、盗られたほうは大迷惑である。
 これは、野良狐の心意気というものだろう。
あやしい古典文学 No.714