森春樹『蓬生談』巻之四「筑後星野の金山の渓の大うなぎ人にかからんとせし事」より

鰻の王

 八九十年前のこととかいう。

 筑後の星野に金山があって、吉井宿の山崎屋という家から人を出して掘っていた。
 山の支配役として赴いた人の妻だか姉だかが、嬰児を背負って採掘小屋の辺りで遊んでいて、あやまって数十丈の崖を転落し、はるか下の渓流に落ちて骨を折って死んだ。
 亡骸を引き上げようと、人々が長い坂道をたどって、やっと近くまで行き着いたとき、死骸の一間ほど先で、蛇のようなものが水中から四五尺ばかり頭を突き出して、辺りをうかがうようにした。
 大勢の人が来るのに驚いて川上のほうへ去るのをよく見るに、胴の周囲が二尺もあろうかという大鰻で、その前後に普通の大きさの鰻を数百匹従えていた。

 これほど巨大になった鰻は、人をも襲うのかもしれない。
あやしい古典文学 No.725