浅香山井『四不語録』巻二より

怪力女幽霊

 能登ノ国飯山の谷入に、神子ヶ原という村がある。
 その村の百姓某の妻は、両腋に鱗があった。また乳房が長くて、三十センチ以上も垂れ下がっていた。子を背負っているときは、乳房をヤッコラセと肩に投げ上げて乳を飲ませた。
 大変な力持ちで、大の男四五人に匹敵する仕事をこなしたが、あるとき病死すると、七日目に幽霊となって現れ、夫を取り殺した。
 以後もときどき幽霊がうろついて、村の女子供を怖れさせた。

 同じ村に作蔵という男がいて、『死人の墓に穴があれば、必ず幽霊が現れるものだ』と聞き知り、
「あの女の墓にも穴があるのではないか。確かめてみよう」
と、葬場坊主とともに墓を調べると、思ったとおり穴があった。
 木切れなどを入れて埋めようとしたが、深くていっこうに埋まらない。かといって打ち捨てておくわけにもいかないから、村人を集めて土やら木やら大量に押し込み、ついに穴を埋めた。
 その夜から、幽霊が作蔵方に来て体をくすぐるようになり、作蔵はたいそう迷惑した。
 近隣の村に魔除けとなる名刀があると聞いて、それを借りて置いたところ幽霊は来なくなったが、三十日あまり過ぎて刀を返すと、またやって来た。

 ある時、山から柴を負って帰る作蔵を、後ろから何ものかが引っ張った。
 『また例の化物か』と振り返ったところをそのまま掴まれ、十数メートル先の谷へ投げ込まれた。作蔵は谷底まで転げ落ちて気絶した。
 その後、幽霊は来なくなった。『作蔵は死んだ』と思い込んだからだろう。
 しかし幸い作蔵は正気づいて、今も存命である。

 これは延宝年間の出来事である。
 作蔵自身が語ったのを聞いて、ここに記した。
あやしい古典文学 No.727