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| 上野忠親『雪窓夜話抄』巻之三「吉田保重重病中化生を見る事」より |
お薬どうぞ |
| 吉田七郎右衛門保重は、大坂の生まれだが年久しく京都に住居し、竹村甚左衛門の弟子として一家の秘伝を残りなく伝授されて、京大坂に隠れもない謡の名手である。 天明八年の京都の大火で家を焼かれると大坂へ帰り、老年に及んで剃髪、法名を宗運と名乗った。 宗運はあるとき、若い時分に胸を病んで病臥していたころの話をした。 * 当時の彼は長患いの憂いゆえか、人の多い喧しい所を厭い、老母の部屋に床をとっていた。 それは夏の末の残暑厳しい夜のことで、部屋の一方の障子を開けて蚊帳の内で横になったまま、容易に眠りに落ちなかった。 月が明るく差して昼のごとく、蟻の這うのも見えるばかりの夜半である。 ふと何か竹縁に上がってきたようなメキメキという音がして、不審さに身を起こしてそちらを見ると、歳のころは九十にもなろうかという腰が二重に屈んだ老婆が、柿色の衣を着て立っていた。 老婆は右の手に茶碗を持ち、その手を縁の上から蚊帳の前まで伸ばして、 「お薬どうぞ」 とすすめるのだった。 もちろん、こんな婆は家内にいない。何者かとよくよく見るに、婆の立っている場所から蚊帳までは六七尺もあるのに、伸ばした手が届いている。『これは人間じゃない、化物だ』と思って、ひと言の返答もせず、薬とやらも受け取らず、ひたすら無視した。 すると化物は、知らぬ間に手を引いて、何の音もなく掻き消え、見えなくなっていた。 * きっとあれは狸などであったろうよ、と宗運は語った。 |
| あやしい古典文学 No.728 |
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