『岩邑怪談録』「鼻紙の化物の事」より

川赤子

 御庄(みしょう)村の鼻紙というところに、大きな川淵がある。
 その辺りに川魚が多いとかで、ある人が午後遅くに釣りに出かけた。
 道のり一里あまりで鼻紙の川端に着いて、午後六時ごろから釣り始めたが、ふと見ると、向こう岸の崖道を、持つ人もないまま提灯だけがすうっと通っていく。
 不思議に思っていると、続いて袈裟を掛けた坊主が、やはりすうっと通って夕闇に消えた。
 怪しいことであったけれども、いたって豪胆な人だったので少しも騒がず、そのまま釣糸を垂れていた。

 夜半ごろ、糸を頻りに引くので喜んでたぐり寄せた。
 ことのほか手ごたえが重い。『やった、こいつは大物だ』と引き上げてみれば、魚ではなく、二歳くらいの裸の子が釣針に取りついていた。
 ずるずると膝元まで這い上がってきたのを捕らえようとすると、たちまち消えうせた。さすがに恐ろしいこと限りない。
 その夜は、足早に帰ったという。
あやしい古典文学 No.744