『曾呂利物語』巻之四「竜田姫の事」より

竜田姫

 某貴人が、成人した娘のために、お付きの女房を多数求めていた。
 その門先に、どこから来たともなく大そう上品そうな女が一人佇んで、宮仕えを望む旨を言うので、取次ぎの者は、
「ちょうどこの屋敷では、あなたのような人を捜しています。入られよ。奥方にお伝えしよう」
と言って、女はすぐさま仕えることになった。
 この女は、宮仕えに心が行き届いているのは言うに及ばず、絵描き・花結びが巧みで、文字も美しかった。ものを縫っては織物の女神の七夕姫に劣らず、染物をすれば秋の紅葉を彩る竜田姫にも恥じないほどだったが……。

 ある時、奥方は、何気なく女の部屋をのぞき見た。
 もう夜中に近い時刻だったが、微かな燈火のもとで、女はおのれの首を取り外し、前の鏡台に据えて、鉄漿(おはぐろ)を付け、入念に化粧した。それからまた自分の胴体の上に載せて、何事もなかったような様子でいた。
 恐ろしいともなんとも、言葉にしようがない。

 奥方が夫である殿に、
「このようなことがございます。どうなさいますか」
と話すと、
「とにかく、適当に言って暇を出せ」
とのことだったので、すぐに女を呼んだ。
「なかなか言い出せなかったのだけれど、じつは人手が余って、主人が『一人でも二人でも暇を出せ』とおっしゃる。そなたほど重宝な人はおらぬので、いつまでも居てほしいのだが、他はみな代々この家に仕える者で、暇を出しかねる。ひとまずここを出て、どこへなりとも仕えておくれ。夫の命には背けないのだよ。娘の嫁入りの折には、きっと迎えをよこすから」
 女の顔色が一変した。
「さては何かご覧になって、それで暇を出すとおっしゃるのね」
 つっと詰め寄ってくるのを、
「何を言い出すんだい。またすぐに呼び寄せてあげるつもりなのに」
とさりげなく受け流そうとしたが、
「いやいや、心にもないことを……」
と言うや、飛びかかってきた。
 殿は、そんなこともあろうかと心得て後ろに隠れて身構えていた。即座に刀を抜いて、はっしと斬りつけ、斬られて弱ったのを引き据えて、さらに滅多斬りにした。

 女の正体は年経た猫で、口は耳まで裂け、角さえ生えていた。
 この怪猫の名を、竜田姫と呼んだのである。
あやしい古典文学 No.749