『岩邑怪談録』「加藤氏、変化に逢ふ事」より

加藤殿はチンチロリ

 加藤某という人が夜遅く、西宇治から岩国城下へと帰るときのことだ。
 道祖峠を越えるあたりで、後ろから小坊主が来て、だしぬけに、
「加藤殿はチンチロリ〜♪」
と言った。
 加藤氏は豪胆な人だったので、少しもたじろがず、
「そう言う者こそチンチロリッ!」
と言い返した。
 それから両者は、
「加藤殿はチンチロリ〜♪」
「そう言う者こそチンチロリッ!」
「加藤殿はチンチロリ〜♪」
「そう言う者こそチンチロリッ!」
「加藤殿はチンチロリ〜♪」
「そう言う者こそチンチロリッ!」
 ………………
 延々と張り合いながら、小坊主は加藤氏の門口まで付いて来た。
 さっと内に入って門を閉じると、小坊主は門の屋根から覗き込んで、
「さてさて、強い人じゃ」
と笑ったという。
あやしい古典文学 No.754