人見蕉雨『黒甜瑣語』三編巻之二「掛田の鳥」より

紅い鳥

 陸奥ノ国伊達郡の掛田というところに古池がある。
 ある時この池水に、赤い鳥が羽を休めて浮かんでいた。大きさは山鳩ほどであったが、その鮮やかな赤さで、周囲の樹影も水色も火のごとく紅に照り映えた。
 一人の侍が弓でもって射獲ろうと矢を放つと、みごと鳥の体の真ん中に当たった。
 そこで侍が獲物を拾おうと水中に入ったところ、どうしたことか物も言わずに即死して、屍は水上に浮かんだ。
 その死骸を引き上げようとして池に入った者三人も次々に死んで、矢に当たったと見えた鳥は飛び去った。

 人の言うには、「斑猫喰(ハンミョウくい)」とかいう鳥だそうだ。毒鳥の「鴆(ちん)」にはいろいろな種類があると聞くから、もしやその一種かもしれない。
 「蓼食う虫も好き好き」という諺もある。悪名高い斑猫をさえ喰う鳥がいるのだ。

 ちなみに、斑猫の毒の激しさは世にさまざま伝えられる。
 筆者もまた、知るところとして、石川去舟という俳人の話を語ろう。

 去舟はあるとき友人の園亭で俳諧に興じ、午後、竹縁で静かに頬杖をついていた。
 そこへ一匹の虫が飛んできて、鼻のあたりを飛びまわった。持っていた扇で打ち払うと、虫は傍らに十冊ほど積み重ねてあった懐紙の草稿の上へはたりと落ちて、また飛び去った。
 懐紙の上に一点の油の滴りのようなものが残ったが、その染みはたちまちのうちに広がり、百枚あまりの綴紙の半分以上まで染み透った。
 去舟もまた眼が眩み、その座から立ち帰って、半月ばかり病み臥せった。
 これこそかの斑猫であって、もし扇で払わなかったら、無惨に死ぬところだったかもしれない。

 「葛上亭長(かつじょうていちょう)よく客を悩まし、王不留行(おうふるぎょう)常に人を殺す」などと言う。「葛上亭長」すなわち豆斑猫で、乾燥して薬種としても用いられる。「王不留行」も薬種である。
 医師の内藤某が、この虫の乾燥したのを貯えている。
 ふだんは土中に埋めてあるが、夏の晴天に日にさらさなければ、この毒にさえ小虫が湧くそうだ。
あやしい古典文学 No.761