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津村淙庵『譚海』巻之五より |
愛と怒りの弁財天 |
大和ノ国の長谷に、多年にわたって修行を積んだ僧がいた。 寺の中に弁財天の木像を安置したところがあって、時々参って経を読み、拝んでいると、弁財天の姿形がことのほか美しく思えてきた。 いつしか心ひかれ忘れがたくなって、しきりに参って一心に拝むうち、おそれ多くも恋慕の情が高まって、 「世の中にこんな女がいるならば、なんとしても、一生の思い出に深く契りたいものだ」 などと、けしからぬ思いに迷い、破戒のことも気にかけなくなった。 やがてすっかり正気をなくし、 「弁天さま、好きだァ」 と恋にわずらって、病の床に日々を明かし暮らした。 一途に思いつめる僧を天女も憐れんだのだろうか、ある夜の夢うつつに弁財天が現れた。 「おまえがつまらぬ心を起こして、年来の勤行をだいなしにするのを、黙って見ておれないから来てやった。願いをかなえてやるが、このことは決して誰にも言うなよ」 天女が布団に入ってきたので、僧は我を忘れて女体と交接した。 かくして僧の心は落ち着き、病気も恢復して、ますますたゆみなく修行に励むようになった。 天女は毎夜来て、僧と情を交わしたのである。 月日を経て、僧は心に満ちる喜びを隠し切れなくなり、修行仲間との話の中で、それとなくほのめかして自慢した。 その夜、やって来た弁財天は、かんかんに怒っていた。 「おまえの迷いを晴らして悟りをひらく助けをしようと、かりそめの契りを交わしたのに、秘密を人に洩らすとは情けないやつ。もう知らぬ。ええい、これまでおまえが出した精液を、一滴残らず返してくれるわ」 天女は爪弾きして立ち去った。 僧は多量の液体を顔面に浴びたと感じたが、そのまま病みついて、まもなく死んでしまったという。 |
あやしい古典文学 No.767 |
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