松浦静山『甲子夜話』巻之二十六より

大坂城の山伏

 本多大和守忠堯という人が、大坂城に城代として赴いたとき、『城中の寝所は、怪事があるため、前任の誰も寝なかった』と聞いたが、豪胆な本多侯は、初日から平気でそこに寝た。

 夜が更けて便所へ行こうと思い、手燭をともして障子を開けると、暗闇の中に見たこともない巨漢の山伏が平伏していた。
 侯は驚きもせずに言った。
「おまえ、この手燭を持って、便所に案内せい」
「えっ、わしがですか」
 山伏は不服そうにしながらも、立ち上がって案内し、便所に至った。
 中に入って存分に用を足し、出てみると、山伏がまだいた。
「おい山伏、手水をかけよ」
「はぁ」
 山伏はしぶしぶ柄杓(ひしゃく)をとって、水をかけた。
 侯は、また手燭を持たせて寝所へ戻り、快く眠った。

 それから三夜、同じようなことが続いたが、以後は怪しいものは出なくなったそうだ。
 世の妖怪は、たいてい何かわけあって出るものである。しかし、この怪の生じた由縁を知る人はなかった。
あやしい古典文学 No.768