『一休関東咄』下「境の浦にて、遊女と歌問答の事」より

地獄という名の女

 一休和尚が泉州堺の港へ行ったときのことだ。

 土地の廓に「地獄」と名乗る遊女がいて、一休に一首の歌を詠んで渡した。
   山居せば 深山(みやま)の奥に 住めよかし ここは浮世の さかい近きに
     〈出家なら出家らしく山奥に住むがよい。ここ堺は俗世の真ん中あたりだよ〉
 一休はとりあえず、
   一休が 身をば身ほどに 思はねば 市(いち)も山家(やまが)も 同じすみかよ
     〈わが身をわが身とも思わない一休だから、町中でも山の中でもおんなじさ〉
と返したが、『この女、ただ者じゃない』と思って、辺りの者に尋ねたところ、
「あれこそ、有名な地獄太夫でございます」
と言うのだった。

 そこで一休から歌いかけた。
   聞きしより 見ておそろしき 地獄かな
 遊女はすかさず下の句を続けて、
   しにくる人の おちざるはなし
あやしい古典文学 No.775