『聖城怪談録』上「菩提村肝煎那谷辺にて化ものに逢ふ事」より

化物の早業

 菩提村の名主が、ある夏の日、所用あって那谷村へ向かった。
 昼飯時をやや過ぎたころ、みな昼休みして往来の絶えた道を行き、やがて越前の坂にかかると、向こうにすさまじく大きな男が立っていた。
 大胆な気性の名主が構わず通り過ぎようとすると、男が言うには、
「おまえは、なにかにつけてここを通る憎いやつだ。今日のところは見逃してやるが、また通ったら目にもの見せてくれる」
 相手にせず先を急ぎ、しばらく行くと、今度は向こうに、異様に豪華な衣服をまとった小さい男が立っていた。
 ここも構わず通り過ぎようとしたとき、派手な小男はさっと駆け寄り、むんずと組みついてきた。
「やるか、こいつ」
 名主は組み止めて、しばしせめぎ合った後、化物を脇の田圃の中へ投げ込んだ。しかし、投げられながらそいつの言うには、
「これで勝ったと思うなよ。いま早業でおまえの肛門を抜いたぞ」
「えっ、肛門?」
 化物の言葉を聞くのもそこそこに、名主はわが家へ逃げ帰ったが、すぐさま肛門が激痛して歩行不能となり、二三ヵ月も癒えなかった。

 ちょうどそのころ、郡奉行の早崎十郎右衛門という人が菩提村を見廻り、名主が出迎えないのでわけを尋ねて、ことの次第を聞き知ったという。
 この話は、その十郎右衛門が語ったものである。
あやしい古典文学 No.778