『古今著聞集』巻第十七「水餓鬼五宮の御室に現はるる事」より

水餓鬼

 仁和寺の第五世門跡 覚性法親王が、ある静かな夕べ、手水で身を清めた後ただ一人端座していると、怪しいものが御簾を上げて入り込んで、目の前にかしこまった。
 背丈は二尺に足りず、足は一本。いちおう顔や姿は人間のように見えるが、ひどく蝙蝠(こうもり)に似た面相だ。

「おまえは、いったい何者か」
「はい、わっしは餓鬼でございます。いつも水に飢えて堪えがたく苦しみおる水餓鬼でございます。世間の病で、瘧(おこり)と申しますのは、わっしのすることでして、それというのも、わっしが水を求めましてもじかには得がたいので、人に憑いて、その人に飲ませるのでございます。ところが世の人々は、門跡様に願って御手跡やら御念珠やらを賜るようになりました。それが身に触れた者は、もうわっしに冒されることがありません。まして祈祷をいただいた者など、近くにも寄りつけません。これでは、わっしの渇えは耐え忍びようがないのです。どうかお助けください」
 聞いて、いかにも可哀想だと思い、
「それがまことなら、不憫なことだ。今後は心に留めておこう」
と言って、たらいに水を入れて渡してやると、頭を突っ込むようにして、実にうまそうにごくこくと、全部飲み干した。

「もっと欲しいか」
「はい、いくら飲んでも飽くことがありません」
 そこで水生の印を結んで、水の生じる指を口に差し当ててやると、嬉しそうに吸いついてきた。
 だが、しばらくそうするうちに、その指先から厭な痛みが生じ、しだいに全身に及ぼうとした。
 はっとして餓鬼を振り払い、火印を結ぶと、苦痛は去ってもとの静穏な心地に戻った。
あやしい古典文学 No.783