津村淙庵『譚海』巻之八より

復讐の法印

 上総の定元村というところに、萬立寺という真言宗の寺がある。
 その昔、住職を務めていた玄恵法印は、多額の金子や財物の蓄えがある富裕の僧であった。
 檀家の江尻五郎右衛門という者が、あるとき年貢の上納に困って、法印に金を融通してくれるよう頼んだが、あっさり断られた。
 憤慨した五郎右衛門は、法印がさる婦人と密会しているとの内容の歌を作って歌い、人にも教えた。そのうえ田植歌にまでして流行らせた。

 法印は、事実無根の噂が広がったのを知って残念至極に思っていたが、あるとき、檀家の衆を招いて仏事を催した。
 寺へ来た人々の中に、よせばいいのに五郎右衛門も交じっていた。
 法印は終始上機嫌で、追善供養が済むと、酒などを快くすすめた。
 すべてが終わり、皆帰っていくとき、法印は五郎右衛門を呼び止めて、納戸から金の入った財布を持ち出した。そして、五郎右衛門に言うことには、
「先年その方が金子を無心したとき、耳を貸さなかったのを根に持って、わしが女と密通したと根も葉もないことを歌にしてくれたな。受けた恥辱を思うと、無念やるかたない。こんな酷い仕打ちに遭うのも、みんなこの金があるせいだ」
 法印は、財布を猛火の中に投げ入れた。
 金子が焼け溶けて、燃え上がる青い炎に浮かぶ法印の怒りのさまが見るに堪えず、五郎右衛門は恐れ怯えて逃げ帰った。
 法印はその夜、自害して果てた。

 法印の死後、萬立寺の住職は三代入れ替わって、證宥阿闍梨という僧がしばらく住職を務めた。
 ある日、客殿の方角が激しく震動して、不気味な物音が聞こえてきたので、阿闍梨が行ってみると、物凄い大蛇が柱に巻きついていた。
「いったい何の化け物か。その怪しい姿を、なにゆえ現すのか」
 一喝されて、蛇は忽然と消えうせたが、と同時に、ひどくみすぼらしい衣を着た僧が入ってきて、阿闍梨に向かって言った。
「拙僧は三代前の住職で、玄恵と申す者です。檀家の江尻五郎右衛門に無実の悪評を立てられて、自害しました。その恨みが晴れず、明日、ついに五郎右衛門を取り殺すことといたしました。そこでひとつお願いです。五郎右衛門には、どうか引導を渡さないでもらいたい」
 阿闍梨は困って、次のように応えた。
「なるほど、気持ちはよくわかります。しかしながら住職として、檀家の亡者の引導を頼まれて、それをしないのも如何なものかと思われます。とりあえず引導して松明を投げるまで、待ってもらえませんか。そのあとは気の済むように……」
 法印の亡魂は、了承して消え失せた。

 翌日、はたして五郎右衛門は死んだ。
 葬礼を出し、寺の近くの野原で棺を立て引導したが、それが済むのを待ちかねたように空一面まっ黒にかき曇って、激しく落雷した。その一瞬に、五郎右衛門の屍骸は奪い去られた。
 あとで屍骸を探したところ、首は旗沢の浅間明神の境内に落ちており、片足はちぎれて、加納山の車切地蔵というところの松の木の上にあったという。
 明暦年間のことで、土地の人はよく知っている話だそうだ。
あやしい古典文学 No.796