松浦静山『甲子夜話』続篇巻之九十三より

謎の船商

 平戸城の北、山を隔てて一里ばかりのところに港町がある。そこには娼妓を置いている店が多いが、役人は表向き知らぬふりで、黙認している。
 最近この港に、あやしい船持ち商人が現れたそうだ。

 商人は、ある店に上がり、酒宴を催したいと、まず金子三両を出して主人に渡した。
 大勢の娼妓を呼んでしばらく遊んだが、やがて憤然として言うことには、
「なんて粗末なもてなしだ。わしは呆れたぞ。こんなけちくさい店で遊べるか」
 一座の者は口々に詫びたが、商人は聞き入れず、店を出て海岸まで行くと、
「せっかく稼いだこの金を、くれてやる相手がいない」
 そう言うや、懐中の金子三十両を、人々の面前で海の中に放り投げた。
 皆々「おおっ」と驚くなか、商人はすたすたと立ち去った。怪しんで跡を追った人もあったが、やがて見失った。

 主人が受け取った金子をあらためると、木の葉を包んだもの三つであった。
 狐狸の仕業だったのだろうか。
あやしい古典文学 No.799