上野忠親『雪窓夜話抄』巻之一「岩井郡にて死人駈走りし事」より

死人暴れる

 因幡国岩井郡の某村で、百姓が久しく患った末に死んだ。
 まだ僧を呼ぶ前で、遺骸の周りに屏風を引きめぐらし、香花を供えてあったとき、どうしたことか、死人が急に立ち上がり、座敷の真ん中に元気よく躍り出た。
「わぁ親父、どうしたんだ」
「あなた、いけません。もう死んだのに……」
 妻子らは慌てふためき、取り静めようとした。しかし、二三人でかかっても引きずり回されるほどの怪力で、まったく手に負えない。眼を怒らし、大声で喚き散らすが、言っていることはわけの分からないことばかりだった。

 死人は大飯を食い、酒を飲むなどして、夜も昼も寝ずに暴れて一両日を過ごした。夏場のことで、時が経つにしたがい死臭がことのほか酷く、眼や口から屍汁が流れ出て、その汚さは言いようがなかった。
 妻子は悲しんで、
「きっと何かの憑き物が悪さをしているのだ」
と、神主や山伏を呼んで祈らせたけれども、荒れ狂うことは少しもやまない。為すすべなしと諦めて、死人を屋内に残し、家族全員が外へ避難した。
 その後、時々様子を見に行くと、相変わらずどたばた動き回って、
「飯を食わせろ」「酒をよこせ」
などと喚いていたが、戸を外から厳重に閉ざしてあったので、走り出ることはできないのだった。

 数日後、静かになった。
 そっと覗き見たところ、倒れ臥してもう動かない。どうやら憑き物が離れたらしい。
 人々は胸をなで下ろし、打ち寄って死人を葬ったという。
あやしい古典文学 No.804