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上野忠親『雪窓夜話抄』巻之一「林小官化物を見る事」より |
よくないぞ |
医師 林小官は、若い時分、重い病気に罹った妹婿に日夜付き添って看病したことがあった。 ある夜のこと、小官が田中道察という医師と座敷で横になって話していたら、庭に誰か来たような音がした。『この夜更けにどうしたのだろう』と不審に思いながらも話を続けているとき、障子を開けて部屋に入った者があった。 「何者だ」 と声をあげると、立てた屏風の上から大きな山伏が上体を乗り出して、小官たちを見下ろした。 道察は一目見るや、わっ! と叫んで布団に突っ伏したが、小官は脇差を取って立ち上がった。すると山伏は、 「よくない。よくないぞ」 と言って、そのまま座敷を出ていった。 小官が追いかけたが、かき消すように姿が失せた。 その後、病人はついに死んだ。山伏が「よくないぞ」と言ったのは、病気がよくならないということを知らせたものと思われた。 小官の父は文太夫という侍で、先祖代々武功の家である。小官もまた、医師とはいえ剛毅の者であったため。この怪事に慌てることがなかった。 |
あやしい古典文学 No.807 |
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