浅井了意『新語園』巻之三「夢中ニ頭面ヲ換ユ 幽明録」より

頭を換えてくれ

 河東の賈弼之は、東晋の安帝の時代、義熙年間に、瑯邪(ろうや)王府の軍事参謀を務めた人である。
 その賈弼之が、夜、軍営で眠っていると、夢に人が現れた。むさ苦しい髭面で、ばかに鼻が大きく、顔じゅう吹き出物だらけの男だった。男が言うことには、
「君の顔は綺麗で素敵だ。気に入ったから、おれの頭と君の頭を取り換えてくれ」
 賈弼之は、
「人の容姿はそれぞれ、天から与えられたものだ。顔の良し悪しも、自然の道理として受け入れるべきではないか」
と諭したが、なんだかひどく男のことが気がかりで、とりとめない夢の気分のまま、頭の交換に同意してしまった。

 夜が明けた。
 起きて寝室から出ると、人がみな驚き見て、
「この男は誰だ。どこから入って来た」
と騒ぐ。賈弼之が鏡をとって自分を見ると、見たこともない顔に変容していた。
 その顔で家へ帰ると、使用人たちはびっくりして、われがちに逃げ隠れた。妻や子もまた驚いて、
「おまえは何者だ。とっとと出て行け」
と罵った。そこで賈弼之は、坐って夢のことを語って聞かせた。

 以来、賈弼之は、半面が笑い、半面は泣いているかのような顔で暮らした。
 顔こそ奇天烈になったが、才知の聡明さはそれまでに十倍した。二つの手と口とに筆を持って、同時に三行の文章を書き、少しの誤りもなかった。
 ほどなく安帝が急死する事件が起こると、この怪異が前兆であったと語られたのである。
あやしい古典文学 No.818