人見蕉雨『黒甜瑣語』二編巻之二「阿仁山のもみ」より

揉み虫

 『和名類聚抄』のモモンガの説明には、「和名モミ、俗に野衾(のぶすま)ともよぶ」とあるが、ある友人の話では、出羽ノ国の阿仁の山中にもまた、モミという虫がいるそうだ。

 阿仁山のモミは、形は大きなイモリのようで、草深い場所には必ずいて、人の淫水が大好物である。
 土地の者の話では、男であれ女であれ、山中で仮寝するとモミが股間にとりついて、四本の足で揉み揉みして微妙な刺激を与える。これがもう、気持ちよくてたまらない。たちまち夢心地で多量の淫水を洩らし、それをモミは貪欲に啜り飲む。淫水を飲まれた人は、脱力して病み衰えてしまう。
 この危険を避けるため、山に入るときは褌を固く締めた上に、しっかりと股引をはくのだそうだ。
 モミは木曾山中にもいるという。『本草綱目』に見える蛤カイの一種であろうか。

 また、別の友人の話によると、むかし一人の薬売りが出羽へ来て、山中に入り、モミ数十匹を取って帰ると、それを用いて「春意香(しゅんいこう)」を調合したそうだ。
 これはすなわち催淫薬であって、ある人が戯れに堺町の芝居の見物席で焚いたところ、そばにいた女たちがみな匂いに心をときめかせ、顔色までも変わった。効き目のほどは、南蛮人が交易する「ダレン香」に異ならないとのことだ。
あやしい古典文学 No.828