『古今百物語』巻第一「荘狐酬人恩」より

報恩狐

 元文年間のこととかいう。
 薩摩の鹿児島に、八右衛門という貧乏暮らしの百姓がいた。
 あるとき、八右衛門が野道を行くと、子供たちが小さい狐を捕まえて、なぶりものにしているのに出遭った。
「叩け、叩け。」
「ぶち殺してしまえ。」
などと騒いでいるのを見て、可哀想でたまらず、
「その狐を、おれにくれないか。」
と声をかけたが、耳を貸そうともしない。仕方がないから、昼飯にしようと懐に持っていた餅を子供たちに与えて頼んだところ、やっとくれた。
 『ああ、よかった』、八右衛門はそう思って、すぐに狐を放してやった。

 その夜のこと、どこからともなく、助けた狐が家に入ってきた。
「八右衛門さん、ありがとう。おいらはまだ通力のない若狐だから、うっかり捕まって酷い目に遭ってしまったんだ。八右衛門さんのおかげで命拾いしたよ。そのお礼に来たんだけど、なんでも望みがあったら言っておくれ。おいらにできることなら、きっと叶えてあげるよ。」
 嬉しそうに言うので、感心なやつだと思い、
「よくぞ恩を知って来てくれた。うーん、望みといったら、見て分かるとおり、おれはものすごく貧乏で、一日の蓄えもないんだ。もし金銀が手に入れば、綿入でも拵えて冬の寒さをしのぎたい。おまえの力の及ぶことなら、工面してくれないか。」
と言うと、
「ああ、それぐらい簡単だ。」
 狐はすぐに走って出て行った。

 翌日、八右衛門はいつものように田んぼへ出かけた。
 いっぽう狐は、八右衛門に頼まれた金銀を調えたいとは思うものの、これといってあてもないので、町へ行って、駿河屋という銭屋の傍らに潜んで、隙を見てさっと店に入ると、粒銀を掴んで走り出た。
 手代どもが見つけて、
「あっ、狐のぬすっとだ。つかまえろ。」
と、棒など持って追いかける。狐は逃げまどったあげく、八右衛門の家へ駆け込んだ。
「ここは、狐を飼って盗みをさせている家に違いない。どこかに隠れているぞ。それ捜せ。」
 駿河屋の男どもは家に押し入ったが、八右衛門は留守である。ほかに人は誰もいないのをいいことに存分に捜したけれども、狐は見つからない。しまいには家をぼこぼこに打ち壊して、くまなく捜した。それでも見つからない。ついに諦めて帰っていった。

 八右衛門がわが家へ戻ってみると、さんざん破壊されて見るかげもない。
 これはどうしたことだと驚いて、茫然と立ち尽くしているところへ、狐が隠れ場所から這い出てきて、泣きながら顛末を語った。
「いやはや、大変な災難だな。どうしたものか。ところで、おまえが掴んできた銀はどうした。」
「それならこのとおり、しっかり持ってるよ。」
 そう言って差し出すのを見れば、狐の小さい手だから、わずか小玉三つ、三匁五分の銀を握りしめていたのだった。そのかわりに家を潰されてしまったわけだが、狐が恩返しのつもりでしたことだから叱るわけにもいかず、わずかの銀を命がけで取ってきたのかと思うと、むしろほほ笑ましくもあった。

 その夜は、八右衛門は知り合いのところへ行って泊めてもらった。
 明くる日帰ってきたら、家は壊される前と同じ姿で建っていた。不思議に思って中に入ってみるに、何もかも以前と変わりがなかった。
 それからというもの八右衛門には幸運が続いて、暮らし向きも豊かになったという。
 後に聞けば、その夜のうちに狐の仲間が大勢来て、家を元どおりに修繕したのだそうだ。
あやしい古典文学 No.832