津村淙庵『譚海』巻之二より

梨を食う神

 信州戸隠神社の奥の院の神は、大蛇なのだという。
 歯を患う者がこの神に、三年間梨を断って立願すると、たちどころに歯の痛みが治まる。
 痛みの癒えた人は、梨の実を折敷(おしき)に載せ、川に流すことで、神へ御礼をなす。

 また、立願の人が戸隠へ参詣した場合は、神主に頼んで梨を献納する。
 神主は、梨を折敷に載せて後ろ手に捧げ、奥の院の岩窟の前まで後ずさりするようにして行き、折敷を置くと、後ろを振り向かず戻ってくる。
 神主が岩窟から二十メートルも離れないうちに、梨の実を齧る音がはっきりと聞こえるという。
 おそろしいことだ。
あやしい古典文学 No.838