『江戸真砂六十帖』巻之三より

屋根屋の大損

 鉄砲町に、屋根屋平右衛門という者がいた。
 その娘二人のうち、十八になる姉は、生まれつき器量よしで、裕福な親に大事に育てられて気立ても申し分なかった。
 ところが、いつの間にか平右衛門の弟子が姉娘と出来てしまった。やがて妊娠した娘は、『とても家には居られない』と、弟子と手に手を取って駆け落ちした。
 驚いた親夫婦は、手分けして行方を探索して、芝界隈に隠れ住んでいるのを見つけ出した。

 平右衛門が腹立ちまぎれに番所へ訴え出たので、弟子と娘は奉行所へ召喚された。
 その場で弟子が不届き者として縄をかけられるのを見て、娘は驚き取り乱し、白洲で流産した。
 大変な騒ぎになって、とにかくその日の裁判は流れた。
 親の平右衛門が白洲の砂と土を入れ替えるよう命ぜられ、その夜に工事したが、およそ二十両あまりもの費用がかかったそうだ。

 娘はその後も、あくまで弟子と別れないと頑張ったので、親たちはしかたなく弟子を婿に迎えた。
 この経緯を考えるに、外聞が悪いばかりか、余分な出費も多く、思案不足の沙汰と言うしかない。
あやしい古典文学 No.842