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中村乗高『事実証談』巻之四より |
夢の別れ |
三河の国の大田川の近くに、甚左衛門という者がいた。甚左衛門は齢四十あまり、妻は三十過ぎで、子に恵まれず、他人の子をもらってわが子のように可愛がっていた。 甚左衛門には老母があったが、いまひとつ息子夫婦と折り合いがよくなかったのだろうか、老母と養孫は母屋で寝て、夫婦は物置兼用の離れ屋に寝るという生活をしていた。 文化四年の十一月某日、妻は一里ばかり離れた久野郷の実家へ行って泊まった。その夜更け、甚左衛門が来て、 「わしはおまえと別れるつもりで、しるしに我が髪を切って持ってきた。」 と、手にしたものを渡した。 妻は驚いて、その髪を押し返そうとした。 「わたしに何のあやまちがあって、離別するとおっしゃるのですか。まるで身に覚えがありません。」 夫に問い迫ったが、答えず後ずさりに去っていくのを、髪を突きつけながら追って、いつしか屋敷の敷地の隅まで行った。井戸のはたで夫が立ち止まったのをさいわいと、懐に髪を押し入れたように思ったとき、どうしたのか夫は井戸の中へと落ちていった……と見たところで夢が醒めた。 全身にびっしょりと汗をかいている。よほどうなされたらしい。 不吉なことだ、よくない知らせではないかとまんじりともせず、夜が明けるのを待って家に帰ろうと思っていると、明け方近く、我が家の隣家の人が慌しくやって来た。 「甚左衛門どのが一人で離れ屋に寝ていて、真夜中過ぎに苦しげな大声をあげるのを、母屋の婆さまが聞きつけて急いで行ってみると、急病とみえて半死半生の容態。あわてて近所に知らせ、みな駆けつけて医者も呼びましたが、夜中のことゆえ無駄に時がたって、医者が来たときにはもう手遅れでした。」 聞いた妻は茫然自失して取り乱し、涙ながらに自分の見た夢のことを物語ったという。 |
あやしい古典文学 No.845 |
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