浅井了意『新語園』巻之六「佐史虎ト為ル 五行志」より

不完全な虎

 中国の唐の時代、柳州の下級役人が久しく病んだ末、にわかに変身して虎となった。いや、まったく虎になったわけではなく、人間の形も幾分かは残っていた。しかしすでに尻尾も生えており、まあ大体において虎だった。
 虎は兄嫁を襲ったが、手こずるうちに駆けつけた村人たちに捕らえられ、庭の木につながれた。
 十余日たつと元の人間の姿に戻り、挙動も以前に変わらなくなった。

 州の高官に呼び出され、尋問を受けると、元虎の役人はこう答えた。
「虎になったばかりの頃、別の虎が一頭来て、私をたいそうきらびやかに着飾った婦人のところへ連れて行きました。その婦人の前には常に多くの虎が参集し、順番にその日の婦人の食物を獲って来るのです。私は新たに虎の列に加わったものの、まだ完全な虎になっていないので、遠くまで行って獲物を得ることができません。そこで手っ取り早く兄嫁を獲って、当番の役に備えようとしたのです。失敗して捕らえられ、木に繋がれているうちに人間に戻ってしまいましたが、まだ虎の声は出すことが出来ます。」
 高官が声を出してみよと求めたのに応えて、役人は一声咆哮した。その物凄さに、左右の人は驚きおののいて倒れ伏し、軒の瓦までも震動して地に落ちたのだった。
あやしい古典文学 No.852