森春樹『蓬生談』巻之四「幽霊の影見透しに樹木山の形まで見えし事」より

透け透け幽霊

 筑前秋月藩の若侍が、五六人連れで温泉場へ湯治に行って、帰路、薄暮に山中を過ぎるとき、奇妙なものを見た。
 草地に土を盛り石を載せた墓のごときものがあって、その上に齢四十あまりの女が、ただようがごとく佇んでいた。着ている着物の色合いまで見分けられるいっぽうで、その煙のような姿を透かして、背後の樹木や山の形も見えるのだった。
 一人の侍が小石を拾って投げつけようとするのを別の者が制して、よくよく見定めた後、一行は急ぎその場所を離れた。

 夜は麓の里に泊まり、怪しいものを見た話をすると、宿の主人が言うには、
「二十日ほど前、巡礼の女が行き倒れて死んだのを埋めて、もしや尋ね来る人もあるかと思い、目印の石を置きました。あれでしょうね。」と。
 透けていたのは、まだ幽霊の出来かけだったからだろう。ずいぶん珍しいものを見たわけだ。
あやしい古典文学 No.857