森春樹『蓬生談』巻之五「幽霊活たる我子を負ひて出し事」より

子をおぶって出る幽霊

 人の幽霊が出たという話は諸国に随分あるが、確かなことは少ない。その確かな幽霊の話を語ろう。

 二三年前、私の郷里の某が死んで、それから二ヵ月ほど過ぎた十二月二十八日の夜のことだった。
 某の家にいつも雑用で雇われていた佐市という男が、うとうと居眠りしていると、夢とも現ともなく、死んだ某が現れた。目を凝らしてよくよく見たが、たしかに某がそこに立ち、さらに不思議なことには、生きていて三四歳になる某の娘を背におぶっていた。
 幽霊は、存生中ひそかに佐市に頼んでおいたことを佐市が果たさないので、それを恨んで出てきたのだった。
「頼んだことをやってくれよ。そうでないと、いつまでも心が残って、わしは行くところに行けないのだ。」
 何度もこう言うので、佐市ははなはだ恐れ、
「なおざりにしてすみませんでした。明日、きっとやりますから。」
と約束すると、幽霊は納得して去った。
 しかし、翌日は大晦日で、多忙のあまり約束をまたまた果たせず、『年が明けてからにしよう』と思っていたところ、その夜、幽霊はかんかんに怒ってやって来た。佐市は事情を説明して懸命に詫び、
「年が明けて三が日が過ぎたら、必ず……」
と言うと、幽霊の表情も少しやわらいだ。
「もっともだ。それでいいが、もう一つ頼みがある。寺に三部経を上げてくれぬか。」
 幽霊が去って後、佐市は、『三日待ってくれと言ったものの、よくよく心にかかることゆえ幽霊になって来るのだから、一日でも早く果たしてしまおう』と思って、正月二日の夜、幽霊の兄夫婦に会って事の次第を語った。
 兄夫婦が、佐市から聞いたことを幽霊の妻と娘に話すと、妻は、
「二十八日の夜は、この子がしきりに泣いてから気を失ったように熟睡して、後に聞いてもその間のことは何も覚えていないと言います。あのときにちがいありません。」
と驚き、すぐに三部経を供養した。佐市が頼まれたことを果たしたのは言うまでもない。
 某の娘は生まれつき口がきけず、某は生前、娘の行く末をことのほか気にかけていたのだそうだ。

 また、某の幽霊がもっぱらの噂だったとき、筑前秋月から嫁に来た人が、実家の近辺でも同様のことがあったと言って、その幽霊とじかに対面した人から聞いた話を語った。
 秋月でも、生きている我が子をおぶった幽霊が親族の家々に出て、さまざまなことを言うという怪事が、二十日あまり続いたそうだ。
 ちょうど盂蘭盆のときで、町々の通りは「俄狂言(にわかきょうげん)」という即興芝居が出て賑やかだったから、幽霊の母と妻は相談して子を町に連れ出し、芝居を見せるなどして少しも眠らせず夜を明かした。するとその夜ばかりは、幽霊は子をおぶわず、自分一人で、自分の家に出たという。
 この秋月の場合も、幽霊が子をおぶって出るときは、実際の子は死んだも同然の熟睡状態だったそうだが、それにしても、この世のものならぬ幽霊が現に生きている子を連れて出るというのは、不思議でならない。
あやしい古典文学 No.858