森春樹『蓬生談』巻之二「岡家中野溝氏天狗と成事」より

野溝天狗

 豊後、岡藩の累代の家臣に、野溝氏がある。
 今から三、四代前の当主は、某所において久しくさまざまの修行をして後、ときどき空を見上げては何か独り言をつぶやいた。また、六曲屏風を脇に挟んで羽ばたき、高く空に上ってまた帰るなどしていたが、ついに天狗になって、京都の愛宕山へと飛び去った。
 その後、野溝の家には折々、奇異のこともあったという。

 岡の人の話によれば、この野溝天狗の関係で、愛宕山の社殿には、岡藩主中河侯の柏の紋のついた膳が備わっているそうだ。
 筆者は愛宕山に登ったとき確かめたが、たしかに膳はあった。しかし、その由来を尋ねても、知る人は誰も居ないとのことだった。
あやしい古典文学 No.868