青葱堂冬圃『真佐喜のかつら』九より

天井裏の霊

 堀江町に、大勢の奉公人を抱えて裕福な米商人があって、一人息子に芝あたりから嫁をもらった。
 その嫁は、夫と同い年で、ある大大名の奥向きに久しく勤めた者だった。

 ある夜ふけ、夫がふと目覚めると、新妻のかたわらに誰かが添寝しているように見えた。不思議に思って身を起こしたときには、もはや誰もいない。
 恐ろしくなって妻を揺り起こし、わけを尋ねた。しかし、妻も驚いた様子で、何も思い当たることはないと言う。
 次の夜、今宵はよくよく見定めようと待っていたが、いっこうに何事もないまま次第に眠気をもよおし、明け方の光がかすかにさす頃に目覚めると、はたして妻に添い伏す怪しい姿があった。
 「あっ」と思って起き上がると同時に、その姿は煙のように天井に入って消え失せた。

 そこで翌日には、母と妻と召使の女ども皆を芝居見物に出し、長年手代を勤める老人を一間に呼び入れて、起こった怪事を打ち明けた。
 二人で天井板を押し上げてみると、小さな風呂敷包みがあった。それを取り下ろして開いたところ、紫縮緬に包んだ品がある。中身は婦人用の淫具で、水牛の角製の張形であった。
 二人は可笑しいような恐ろしいような複雑な気持ちであったが、相談の上、元どおり包んで老人が持ち出し、隅田川に流した。
 その夜からは、再び怪しいことは起こらなかった。

「心のない物体であっても、人が思いを込めて久しく用いた品だと、こんなこともあるのでしょうか」
と、その老人が、後に筆者の母に語った話である。
あやしい古典文学 No.869