『事々録』巻三より

褒美は死骸

 飛騨の国の深山で、たびたび人が行方不明になり、そのほかにも怪異のことがあった。
 山谷に怪しい穴が見つかって、どうもそこに何か潜んでいるのではないかと考えられた。

 嘉永元年のこと。同地に来た浪人が、穴に棲む怪物を退治しようと、土民を引き連れて出かけた。
 まず穴を火責めにしたところ、黒いものが穴の口に現れて浪人の顔を刺して去ったが、さしたる痛手ではなかった。
 浪人が遅れて刀の柄に手をかけたとき、黒いものはまた引き返して襲ってきた。今度は抜く手も見せず斬りつけて、すでに火で弱り、刀傷でさらに弱ったのを、見事に仕留めた。
 死骸を引き出すと、体長五メートルに及ぶムカデであった。初めに浪人を刺したのはムカデの尻尾のほうで、二度目に向かってきたのが頭だったらしい。

 この顛末は公儀に報告され、浪人はムカデの死骸を賜った。
あやしい古典文学 No.872