森春樹『蓬生談』巻之二「石中龍の蟄する事」より

石中の竜

 筆者は先年、大阪へ旅したとき、淡路の洲本出身の奥野友桂という人と親しく語らう機会を得た。

 奥野氏は諸芸に堪能で、色砂を用いて盆画を描くのをはじめ、さまざまなことを工夫した人で、奇石なども多く所蔵していた。
 奇石の一つで、竜の潜むのを見せてもらったが、直径15センチ足らずの石に小穴があって、そこから僅かずつ常に水が出るのか、周囲が潤っていた。
 奥野氏は、
「久しく手元に置いて愛玩すべき石ではありません。中の竜が時を得て天に昇るときは、衝撃で家も崩れてしまいますから」と説明した。また、
「この種の石を、以前は五つばかり持っておりましたので、一つを割ってみましたところ、紫色の小さいミミズみたいなものが出てきて、しばらく生きて力なく蠢くようでしたが、まもなく死にました」などと語った。
あやしい古典文学 No.876