『訓蒙故事要言』巻之八「古鼠偸娘」より

古鼠の怪

 『太平広記』に、こんな話が載っている。

 最近のこと、村人某の十歳あまりになる娘の行方が知れず、四方八方を捜し回ったが、手がかりさえ見つからなかった。
 ところがある時、某の家の寝室に、微かな赤子の泣き声がした。耳を傾けてよく聞くに、どうやら地面の下から響いてくるようだ。
 そこで床下を掘ってみると、半メートルほど下が洞穴になっていた。穴に入って奥へ進むと、三メートル四方の空間に至った。
 娘はそこで、赤子を抱いて座っていた。着物は破れて泥と塵にまみれ、髪はおどろに乱れ放題だった。その傍らに、毛の剥げた古鼠がいた。大きさは猫ほどもあった。
 娘は家人を見ても誰とも分からず、ただ朦朧としていた。父母は、娘が鼠に魅入られたことを知って、まず古鼠を叩き殺した。
「これはわたしの夫なのよ。どうして殺すの!」
 泣き叫ぶ娘から抱いていた赤子を取り上げて、これも一撃で殺すと、いよいよ狂い泣く娘を穴から引き出した。

 その後、薬を与えて治療したが、結局もとの正気に戻らないまま、死んでしまったという。
あやしい古典文学 No.885